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スカンクよ、メールくれ。こないだの写真送るけん。shoyanlove2@q.vodafone.ne.jp
なんとか皆無事に帰ったごたるのぅ〜、お疲れさんお疲れさん。終わってしもうて、またいつもの日常が始まると思うたら、な〜んか空しいのぅ〜。早く次回の予定をたてて‘お楽しみ目標’を作らんと毎日の張り合いにならんわ。こんだはいつしょうかち思うたけんど、来年は受験の春やけんそれぞれ忙しい奴もおろうけん、ちっとしばらくおとなしゅうしちょこうかえ.....。
植木のゼロクラウンで国東巡りしました。杵築城、両子寺、三浦梅園宅、とっても楽しい旅でした。
確認したら全員参加のごたります、よかったよかった。あんね、俺ね、20日ね、女房達を送っていくので大分空港に行くんよ。ちょうど昼頃かな?たぶん。お前のへこーきの到着時刻をおしえちょくりゃい。ひょとしておんなじくらいの時間なら俺がそのまま別府まで連れてっちゃるぞ〜い!
飛行機予約しました。楽しみにしてます。みんなもきちくりい。
昨日、東京大田区、東芦屋町、山口長府、宮崎佐土原、大分下郡に、別府つるみ荘のパンフを発送致しました。豪華案内状付きです!http://genbaku-dome.com/menu_03.html
一度好きになってしまうと、それについついのめりこんでしまいうのが俺の良いところであり、又、悪いところでもありますいがもんぶるーす。もしも幼少の頃から物理に没頭していたら、今頃俺は博士になってニュートリノを採取してノーベル賞をもらってその賞金で風俗にのめりこんでいたと思う。博士になれなくてもおそらくは九電の職員として原発の管理人くらいにはなっていたと思うナバホナバホのこんなもんじゃブルース。あのな、原爆ドームが何故残ったんか言うちゃるわい。答は、あのドームの屋根が一ミリ以下の薄〜い銅版で葺かれていたから!ということなんじゃ!!いっがもおおおおん!ドームの上空500メートルで炸裂した原爆。その炸裂の瞬間から僅か0.2秒でまず2000度の熱波がドームに到達する。んでもってその0.6秒後に猛烈な衝撃波が到達するんよ。2000度の熱は一瞬で銅の屋根を溶かし、屋根の消滅したドームは殆ど煙突状態になる。だからその後ドームの真上から到達した衝撃波は、空洞になったドームの天井から一階まで突き抜けたんやけどドームの周囲の壁は残ることができたんよ。ドーム以外の屋根は硬いスレートの屋根やったから、たとえ2000度の熱でも溶けきれずに残り、そのまま衝撃波を上からまともに受けてしまったので建屋ごとつぶされてしまった、ということでした。おっすまい。詳細は下のリンクでね!よろちくび!いがもんキッス!ブチュ!http://genbaku-dome.com/menu_03.html
物事に対する飽く無き関心、執着度尊敬してます。興味ない僕も興味が湧いてくる。きむらみほゥ
広島の原爆は、殆ど蜜柑一個くらいの大きさのウランが、わずか百万分の一秒の間に直径200メートル、温度が1000万度の火球として爆発したわけで、このことの不思議さがそもそも俺が‘核分裂’にはまってしまったいきさつなんです。分裂のメカニズムがどうしても知りたくて核の本をたくさん読んできましたら、とうとう最近は原発テーマにたどりついてしまったんです。ですから俺は原発の‘社会的意味’には興味が無く、もっぱら「核分裂をコントロールする場所としての原発」に関心があるにすぎませんいがもん。分裂の制御のやりかたは実におもろいんですがもんがもん。こんだジックリとお話しますわかわべかわべ。あのね、広島の原爆ドームがあるやろ?あれだけの爆発にも拘らずあのドームが何故ほとんど原型を保つことができたのか知っちょる?二つのポイントがあるんやけど、その一つはドームが原爆のほぼ直下にあったことで真上からの爆風に耐えられたことと、もう一つは・・・・・・これはこんだ会った時に話しちゃるわ、これがまたおもろいんよきむらみほ!ということで現在「核分裂」と「ハードバップジャズ」は俺の百歳までの生涯学習となっておりますあけひのおばはんいまなにしているの?
原発オタクとはまた不思議、その意外性が小原ワールド50歳になって100まで生きるため頑張ると言うとみんな笑って相手にしてくれなく寂しいー。